ながとラガーマンのソウルフード「肉飯」のおはなし:桃屋食堂インタビュー ~前編~

長門市の仙崎地区に「桃屋食堂(通称:桃屋)」という中華料理屋さんがあります。桃屋さんはおいしい中華料理をお腹いっぱい食べさせてくれるお店として、市内はもちろん、市外にもたくさんのファンがいるながとの名店です。今回、ながととはそんな桃屋のオーナーである竹原さんにインタビュー。お店の歴史や人気メニュー「肉飯(にくめし)」についてお話をお伺いすることができました。桃屋ファン必見の内容を前後編に分けてお届けします!

取材/撮影:村尾悦郎

 

桃屋食堂オーナー・竹原さんインタビュー(前編)

■桃屋食堂と桃花園

▲桃屋食堂のオーナー、竹原さん

―お店の創業はいつ頃からでしょうか?

竹原さん
竹原さん

ここのお店は14年前ですね。平成17年の5月5日が開業日なんですよ。ぶっつけ本番みたいな感じでバタバタしながら始めてね。宣伝も十分にしていなかったんだけど、当日になったら100人くらいの人が集まってきたんですよ。

―それはオープンを聞きつけた方々が一斉に?

竹原さん
竹原さん

はい。僕からしたら「えっ!? 何ですかこれ?」ちゅう感じで。ちょっと信じられなかったです(笑)

―どうしてそこまで人が集まったんでしょうか?

竹原さん
竹原さん

以前は長門市駅の周辺で、「桃花園」っていうお店をやってたんだけど、その時のお客さんたちが聞きつけてやってきてくれたみたいでね。

―桃花園の名前は聞いたことがあります。大津高(※)のラグビー部が集まる店だったそうですね。それが移転されて仙崎に来られたんですか?

(※)県立大津高等学校のこと。現在は大津高と県立水産高等学校、日置農業高等学校の3校が合併し、県立大津緑洋高等学校となっている

竹原さん
竹原さん

いえ、その桃花園をやめてから、桃屋を始めるまでに8年ほどブランクがあるんだけど。

―それは何か事情があったんですか?

竹原さん
竹原さん

一緒に店をやっていた兄の病気と、そのほかにも色々重なってしまって、中々気持ちが上向きにならなくてね。

―ちなみに、桃花園はどのぐらいやられていたんですか?

竹原さん
竹原さん

大体20年ぐらいです。

―そこから8年のブランクがあったにも関わらず、もう一度始められるということで、ファンの皆さんが駆けつけてくれたんですね。

竹原さん
竹原さん

ありがたいことですよね。桃花園をやめてから、物件を探してたんですけど、ちょっとお金が必要になってよそで働いてた時期もあって。遊んでると、お札が羽生えて飛んでいきますからね(笑)

―そうだったんですね。そこからまたこの食堂をはじめられたと。

竹原さん
竹原さん

はい。この店は元々、うどんとか洋食とか、そういったものを扱う普通の食堂にしたかったんだけどね。(中華料理から)未だに抜け出せてないんですよ(笑)

―「抜け出せない」ですか。でも、桃屋さんはいつも繁盛していますよね。

竹原さん
竹原さん

それはね、ウチは10人も入るといっぱいに見えるからですよ。2年くらい前までは予約も取ってたんですけど、中々効率が悪くてね。今はやめちゃって。

―「効率」というと?

竹原さん
竹原さん

予約で席を取っておくと、そこを開けるためにお客さんを断ってしまうことがあるんです。そして予約も時間通りにいかないこともあって、空いたままの席が…なんてこともあるんですよ。ウチはあまり席数がないのにね。

―いわゆる「回転」というやつですね。そのお話だけでも飲食業って大変そうなイメージあります。

竹原さん
竹原さん

そう、しんどいんですよ。お店は忙しくて当たり前なんです。忙しくなかったら潰れて跡形もなくなっちゃうから(笑)

―気が休まらないですね…。

竹原さん
竹原さん

でも、今は人手不足で、お昼はちょっと早めに閉めてるんです。

―え、そうなんですか?

竹原さん
竹原さん

早く閉めたら「お客さんに悪いな」と思って一度、一人でやってみたことがあるんですが、もうね、疲れ方がハンパじゃないんですよ(笑) 開けてるとどんどん人が来ちゃって、お昼の時間がズレて、そのまま夜の部に入っちゃう。

―うわぁ…

竹原さん
竹原さん

買い出しにも行かれないから欠品が出たり。だから一人でやるのはもうやめようと思って。申し訳ないけど、時間で切らせてもらってます。

―それはもう仕方ないですね。

竹原さん
竹原さん

先日、お昼の部が終わった後に、買い出しに出たら、見送ったお客さんいらっしゃって…笑っちゃった(笑)

―気まずいですね…

竹原さん
竹原さん

遠くだったから声はかけなかったけど、後で男の子がもう一度確認に来たりして(笑)